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心象風景の窓から

〜広大な言論の世界に、ちょっとの添え物を〜

サービスはタダという意識について

日本人は、ちと働き過ぎなんじゃないか? そう周りの国からよく言われているみたいですね。でも、あくせく働く割にはなんだか景気もアレだし、最近は国際的な経済ランクの方も? みたいな事もありました。こんなにみんなが働いてるのになんで? その原因を探ろうとする究明はいろんな方面から仮説が立てられています。

 

その原因を、ニートが増えたからだとか、引きこもり、やれ専業主婦だのと、なにかと無生産の人たちを揶揄するような言葉も多くなっていますね。そして女性活躍推進とも、ときの政府からも言われるまでになりました。景気の低迷もみんなが働けばなんとかなる。だから働かないでダラダラしてる人はダメはなんだ。働かなくちゃ! と、なんだか日本中がそういう切羽詰まった声で窮屈になってきています。

 

しかし言っても生産している人の方が圧倒的多数なんですね。大抵の人は働いてる。世間から尻を叩かれるそんな無生産な人は極々少数な割合なんです。ではその圧倒的な多数の人々のその動員にも関わらず、なぜいつまで経っても景気が悪いと言われるのでしょうか? それは、みんながあくせくと働き過ぎる割には、ムダが多過ぎるのではないかというのが、みやすけの感想なんですね。

 

みやすけはかつて喫茶店でウェイターをやっていました。で、そこのオーナーからは、勤務時間内は、とにかくヒマな時間は無くすように言われていました。なのでお客さんが少ない時でも、すでに綺麗なカウンターとかを、ひたすら布巾で磨いていました。

 

仕事というのは、大まかにいえば物やお金を生産し、それらをやり取りする事です。かつて働いていた喫茶店にとっての仕事とは、お客さんに食べ物を注文して頂き、それに応じて料理を作り、その出来立てをみやすけがお客さんに運ぶ事なんですね。その一連の中で、お金のやり取りが生まれてお店に利益が入ります。

 

でも単に料理を作るだけでは味気ないので、食物の素材や味を凝ったものにしたりしますよね。また料理を運ぶ方も、それだけでは、なんだか機械的なので、笑顔を作ったり、声も優しくトーンを落として対応したりします。単なるお金のやり取りを味気なくさせないようにするために、このようにお店は、お客さんのために色々と嗜好を凝らします。これをサービスと言うんですね。

 

で、とりわけ日本の場合は、このような気配りや嗜好は、実質タダでしてくれます。サービスだからタダなんでしょ? 当たり前だよね。これが実質的な日本人の合意なんですね。言ってもすべてはお客さまありきの商売です。だからすこしでもお客さまに満足してまた来店して頂くために、お店側は、精魂込めてサービスをするのです。しかもその料金はタダです。せっかくのおもてなしにお金を払えというのは厚かましい、そう日本人は考えてしまうのでしょうか? では、外国ではどうでしょうか? 向こうのウェイターさんウェイトレスさんは、お客さんに良い接客だと認められたら、お小遣いをくれたりするらしいですね。そう俗にいうチップというものですね。つまり外国ではサービスはタダじゃないんです。それに似合ったお金をくれるわけです。

 

このような、日本のようにサービスはタダなんでしょ? おもてなしにお金を払えとは厚かましいと鼻を高く括るのか、また外国のように、サービスしてくれたらそれに似合うチップを渡すべきでしょ? と思うのか、というこの意識の差こそ、仕事がムダになるのか、また生産的になるのかの分かれ道になるんだと、みやすけは思うのです。

 

今でもここ日本では、溢れんばかりのサービスがあります。大抵のお店では、優しくきめ細やかな接客をしてくれます。そんな日本では、サービスをする事こそが仕事なんですね。サービスしてくれない店は、ケチだと陰口を叩かれます。でもそのサービスにはお金のやり取りはありません。お店に感謝する割には、その対価を渡そうとはしないのです。なぜなら、そうしてもらって当たり前だと思っているからです。でも愛だけじゃお店は経営できませんね。

 

よく日本人は働き過ぎだと言われています。でも仕事とは、本来はとても単純な作業なんですね。その単純な作業というものも、数的には、実はあまり多くはないのです。喫茶店の仕事も、単に注文に応えてそれに応じるだけなんです。オーダー訊いて、それを作って運んで、食べ終わったら会計を済まして、気分良く帰って頂く、それだけですよね。でも仕事をするというだけではなんだか味気ないので、大抵のお店は、めいいっぱいのサービスをして、お客さんにおもてなしをしようとします。

 

よく言われる日本人の働き過ぎとは、このようなサービスの過剰さにこそ、その本質があるような気がします。それも大抵のサービスはタダなんです。それでは気疲れだけが残りますよね。しかも儲からない。そのような気疲れと儲からなさこそが、景気が低迷したままの原因なのではないか? そうみやすけは感じます。タダのサービスばかりが膨大になり、そこには生産が生まれていないのです。

 

なので、今の日本人の仕事ぶりは、実質的には無給と変わらないのかも知れません。日本人は働き過ぎだと、よく言われるのですが、その働き過ぎる仕事の内訳をよく見てみますと、実は単純な仕事が多過ぎるのではなくて、実質的には、無給のサービスが多過ぎるのではないかと思うんですね。

 

これは一面的なものの見方なのですが、とどのつまりここの部分にこそ、みんなが毎日毎日あくせくと働けども、日本の経済が、いつまで経っても儲からないカラクリがあるのではないかと、みやすけは思ってしまいます。現状のようにサービスなんてタダでしてくれるもんでしょ? 当たり前だよね。という意識が、みんな変わらない限り、日本の経済はいつまでたっても儲からない。また働いている人も、なんの利益も発生しないサービスに追われているだけで、なんだか忙しい割には、給料は低いままなんです。このように今の日本では、こんなサービスだらけの世の中の割には、なんの対価も貰えずにいる。だから働くだけ働くけども、その苦労もお金にはならずみんなが疲弊しているのかも知れません。